インド戦・真の主役


 この試合の主役が、昨日から周到な計画を練っていたらしい一匹の犬であることは論を待たない。9割がた行方の決まっていた試合への興味は、彼(あるいは彼女)が闖入してきたその瞬間、新たなる方向性を得た。すなわち、彼(あるいは彼女)が「やらかさないか」ということである。


 かつて、僕はピッチ上で「やらかした」選手を知っている。ロナウド・ルイス・ナザリオ・デ・リマ、通称“デブ”で通っている、レアル・マドリーというこちらも色々な意味で「やらかして」いるクラブで、何とか職を食んでいる選手である。彼は1996年のアトランタ五輪の試合中、「ガマンできなかったから」という如何ともし難い理由でやらかした。あの時は、確か得点シーンの直後、全員がセンターサークルから自陣に戻っていく刹那を狙ってのことだった。


 だが、ロナウドはあれでも一応人間である。問題は、犬に話が通じないところだ。フジTVアナウンサー青嶋達也が「どうやら警備員の方が外に逃がしたようです」というコメントをするまで、僕はこの試合の行く末が気になって仕方がなかった。ピッチ上に山ほどの燃え盛る異物が投げ込まれ、試合が一時中断する事件ならイタリア方面に山ほどある。だが、ほんの数グラムの異物が、赤土まみれのピッチにそっと放置されたなら、そしてそれを主審が見逃したままプレーを再開したなら? ありえない話ではない。「3基しかない照明塔のうち1基くらいどってことない」と考える男である。


 彼(もしくは彼女)は、TVアングル上では右サイドから現れ、ペナルティエリア付近をダイアゴナルに動き、左サイドの方面に消えていったと記憶している。もし例のモノがピッチ上に残るとすれば、ペナルティーエリア左付近ということになる。そうなると、それは後半26分に途中出場した佐藤寿人のプレーエリアである。


 幸いなことに、この試合は後半有効に中盤が機能せず、佐藤寿人へそういったパスが出ることもなかった。が、もしあの犬が「やらかし」、寿人が得意の抜け出しで踏み込んだ途端に、ピッチとは違う違和感を足に感じたとしたら? 得点という結果を残せず、播戸竜二というライバルに2得点をさらわれた彼は、試合後のインタビューでどのように自分の存在をアピールしただろうか。これが逆の立場なら、関西人の播戸は迷うことなどないだろうが。


 一度ならず二度までも消える照明、ほとんど夜の井の頭公園のごとき採光性におけるピッチでのサッカーを許容する主審、そして突然の闖入者。多様性溢れる試合、オシムの言うポリバレンスとは、こういうことだと理解できた。オシムサッカーを理解するうえで、これ以上ない教科書となる試合といえた。



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