「ケンカしちゃいけません!」(注:絶対勝てる場合を除く)---書評・日垣隆『どっからでもかかってこい!』


 幼少のみぎり、「ケンカなんかしちゃいけません」と言われた経験は誰しもあるはずだ。

 僕も言われたことがある。とりわけ、空手に通い始めてみるみる上達し、観た目にも明らかに筋量が増加してからは特にそうだった。母親にも、祖母にも、担任にも、色々な人から言われた。もっとも僕の場合、中学1年でボディビルダと喧嘩して鼻を折られ意気消沈して以降、二度とやっていないのだが。

 振りかえって思うのは、その後ろにカッコでこう付いていたはずだ、ということだ。すなわち「(絶対勝てる場合を除く)」である。

 ケンカをしてはいけない。ただ、それは「負ける場合」だ。負けると相手の言い分をのまされる、メンツを損なう、場合によっては金銭的な損害を受け、社会的な立場がまずくなる。

 ゆえに、負けるケンカはすべきではない。どうしてもやりたいなら、必勝の備えをし、実際に勝ち、かつ落としどころを心得ておくことだ。「必ず勝つ」ための準備をし、勝利の図をクリアにイメージし、「どういう状態に落ち着かせたいのか」を把握しておく。そうすることで、相手がいかなる言動に及ぼうとも想定内に収めることができる。

 前置きが長くなったが、著者・日垣隆氏はそういう趣旨のことを述べている。

 読んでいて思うのは、「必ず勝つように」仕掛けている文章がほとんどだということ。信濃毎日新聞とのやり取りにせよ、マンションクリーニング業者とのトラブルにせよ、みずほ銀行とのやり取りにせよ、すべてにおいて「必勝」を期した上で臨み、実際に連戦連勝を収めている。

 法人の名前を出して批判している以上、記述にウソはないだろう。でなければ、この記述自体が訴えられ、「必勝」ではなくなるかもしれないからだ(余談だが、日垣氏は訴訟準備金を相当額プールしており、訴訟をちらつかせる相手に「良いでしょう、いろいろなことが明らかになります」と言い返している)。

 日本人は概してケンカが下手だと言われる。その理由は「和をもって尊しとなす」精神にもあるだろう。が、そもそも「和」「平和」とは「戦争」の大義語。http://thesaurus.reference.com/browse/peace?qsrc=2889 コインの表裏なのであって、争いを避けることが平和なのではない。争いがイヤだからといっても、相手が刃物を持ってくれば立ち向かざるをえない。ケンカに必勝し、争いにケリを付けることで平和を勝ちとることができる。むろん、そのケンカは武力ではなく、知力を駆使した論戦に他ならないが。

 真の平和主義者のための一冊。