日本の2010年W杯代替開催は可能か?(Goal.comほか)

 http://www.plus-blog.sportsnavi.com/kind_of_football/article/50

 スポナビブログのほうに書いた記事です。ご覧頂ければ幸いです。

『DRAGONBALL EVOLUTION』観るぐらいなら『ヤッターマン』を観に行け!(ネタバレ注意)

 いやー、ってことで見てきましたよ『DRAGONBALL EVOLUTION』!

 http://movies.foxjapan.com/dragonball/


※注:悟空とブルマ

 
 期待していたのは、「うはwwwwwテラ原作レイプwwwww」「悟空wwwwアメリカ人wwwww」「亀仙人wwwwチョウ・ユンファ仕事選べwwww」という感想が1時間半ノンストップで出てくるような、思い切り笑える展開だったわけですよ。

 僕はmixi日記に「これ、要するに『絶対に笑ってはいけないドラゴンボールってことだよね?」という趣旨の、今思えば


 どうしようもなく甘い見通し


 を書いていて、要するになんだかんだいって「クソだクソだ言われてるけど、そのクソっぷりを笑うためならいいんじゃね?」と思ってチケットを購入したわけです。


 が、全然笑えない。


 笑えたのは一瞬。「ああ、悟空、アメリカ人なのね」「ああ、チチはハイスクールの友人なのね」みたいな感じで、なんだか知らないけどだんだん違和感がなくなってくる。だけど、その受容の過程について自問してみると、別にそれはデキがよいからとかでは一切なく、あまりに原作から乖離した作品なのに映画としても辻褄が合っていない、つまり脳内で「完全に別個の作品」として切り離す回路が出来上がったからだと思う。

 要は、この映画って結構マジメに作られてると思うんですよ。それなりに色々な要素が盛り込んであり、安易な勧善懲悪のセオリーにのっとった話には一応なっている。でも、ものすごい勢いで滑っている。


注:悟空

 どうも最近体調がよくなくて、まあ原因は花粉症の薬(『アレロック』)があまりに効き過ぎて寝ても起きてもずっと眠いという状況が続き、ひたすら生産性が下がりまくっている。

 なので、「この映画見てスッキリ笑い飛ばそう」とか思ってたんですが、そういう魂胆は良くないですね。マジメにやってる人を笑うなんてね。マジメにやった結果できたクソ映画は


 マジメにこき下ろすべきだ。


 いやこれね、ホントひどいよ。芸人に例えたらドランクドラゴン鈴木、邦画なら『大日本人』、邦楽ならファンキーモンキーベイビーズ、食い物なら冷めたオムレツ、国なら北朝鮮、携帯ならL●社製、政党なら公明党WindowsならMe&Vista、もういいやとにかくクソです。

 笑い飛ばそうにも、物語に没入しようにも、ラブコメに浸ろうにも、アクションに盛り上がろうにも、CGすげーと言おうにも、「原作の世界観が〜」と言おうにも、あらゆる方面に配慮しまくった結果どうしようもなく中途半端に陥っているわけです。つまり、


 完全無欠のクソ映画。


 以下、ものすごい勢いでネタバレ込みのdisりが開始されます。ご注意。


注:説明するのも面倒くさい

■誰が得するの???
⇒一言でいえばそういうこと。

 原作ファン向けなら、もっと原作に忠実な描写があり、設定があり、映画を見ながら「ああ、これは原作の新しい解釈を提示しているんだな」と納得せしめるのが目標になる。対して、非原作ファン・初見の人々向けならば、映画単独でも新しい設定が説得力を持つように準備すべきで。

 で、この映画がどちらなのかといえば、おそらく後者。なんせ孫悟空アメリカ人で、ハイスクールに通っているイジメられっ子って時点で『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『ベスト・キッド』などのアメリカ映画の類型なわけで。うだつのあがらない主人公が実は特殊能力を持っているヒーロー的な描写は、安易といえばあまりに安易にアメリカ的。


注:ブルマ

 なので、この映画は「原作を読んでいない」「アメリカ人向け」映画を全世界公開にしたブロックバスターと判断した。で、その観点に立つと、


 やっぱりクソ映画。


 あらゆるエピソードが中途半端。非原作ファン向けなのに、原作を知らなければ理解できない飛躍がとてつもなく多い。途中、この映画を見ていて「あれ、意外と普通に見れるぞ」と思ったが、少し考えると「オレ原作知ってるからじゃん!」と。要するに、原作ファンの脳内補完に依拠した、穴ボコだらけのストーリーなんですね。

 だから「誰得?」なわけです。原作ファンは『原作レイプ』の中途半端さについていけないし、非原作ファンは「原作がないと分からない!」と思って、やっぱりついていけない。誰が得をするのかといえば、せいぜいが版権収入を得る原作者ぐらいのものでしょう(さすがに、この映画で「原作に傷が付く」と考える人はほとんどいないと思うから)。


■疑問点がこんなに!
 ざっと思いついた疑問点は、次のようなものだった。

・なぜハイスクールの劣等性である悟空と、アイドル的な描写(も中途半端)をされているチチがくっつくのか。
・なぜ悟空は「虫の知らせ」を聞きつけて祖父の訃報を知ったのか。
・あっという間にイジメっ子をやっつけるのに、悟空がイジメられっ子な必然性は何か。
イジメっ子がその後いっさいストーリーに絡んでこないのはなぜか
・マイに銃を突きつけられる関めぐみはいったい何の役で、何の必然性があって起用されているのか。
関めぐみのエピソードがその後なんの伏線にもなっていないのはなぜか
・なぜブルマとヤムチャが特に理由もなくくっつくのか。
・なぜマイはピッコロと行動を共にしているのか。
・なぜピラフ・シュウ・プーアルらの役がマイに統合されているのか。
そもそもピッコロを復活させたのは誰なのか。
・なぜ中途半端に天下一武道会が挟まり、なぜその武道会に出ているのがチチなのか。
なぜ2000年前に暴れた大猿が悟空なのか(2000年前に地球にやってきた、という描写があったか?)。
そもそもなぜピッコロがドラゴンボールを集めているのか。
・なぜ亀仙人を軽く破ったピッコロが、亀仙人に軽く敗れた悟空に負けるのか。
・なぜ悟空があんなエロい設定なのか。
・そもそもなぜピッコロがラスボスなのか(全体の設定はレッドリボン軍以前だよ??)

 いや、このうち全部が説明されてないとは思いませんよ。たぶん、どっかで見落としてる伏線はある。なんせ、いっさい映画に引き込まれることがなく、途中から明らかにマジメに見る気をなくしていたので。

 それでも、大多数の部分はそうだと思う。ボールドをかけた部分は「物語を成立させるため」に重要な箇所であり、説明がないため「何のためにこのシーンがあるの?」という感想を禁じえないのだ。

■結論:
ヤッターマン』を見に行け!

⇒どうしようもなく中途半端。原作レイプをするなら徹底的にやるべきだったし、そうでないなら徹底的に忠実になるべきだった。

 そのいずれも突き抜けていないので、観客としては何を楽しみにして観ていいのかまったく分からない。エンドロールで浜崎あゆみの曲が流れてきた瞬間の虚脱感を何にたとえよう。

 どうせなら、チチ(ジェイミー・チャン)を中心としたエロ映画にすればよかったのだ。それこそ、『ヤッターマン』がフカキョンドロンジョのためだけに作られ、主役の2人など「いたの??」と思うぐらい、清清しいほどにフカキョンの乳をフォーカスしまくったように。つか、この映画で


 唯一よかったのはチチの乳である。


注:チチ

 

 ということでこの映画、鑑賞後に8, 000字ぐらいにわたって罵倒エントリーを書き連ねるつもりのブロガー諸兄にオススメです!!!

サンフレッチェ広島vs.大宮アルディージャ 雑感

 一つだけ言えることがある。今日の試合結果で「このサッカーでは戦えない」と思うなら、今シーズンは広島の応援を辞めるべきだ、ということだ。

 これが「広島のサッカー」なのだから。守備が整備されていない以上、攻め勝ち、ポゼッションで圧倒し、得点を積み重ねる以外に広島の勝利はない。「接戦」になったとき、こういう風に逆転されてしまうのは「織り込み済み」と考えねばならない。

 J1におけるこのチームの趨勢は、ほぼ大敗か大勝に分かれるだろう。ポゼッションを握って相手を90分振り回し、思う存分シュートの雨あられを降らせて大勝するか。今日のように1トップ2シャドーを押さえ込まれ、DFラインへのプレスをいなせず、個々の信頼関係が崩れた結果「安い失点」を喫するか、だ。

 負けるときはこういう試合になる。広島サポが受け入れねばならない敗戦は、「こういう試合」なのだ。派手なやられ方をしたが、落ち込んでいるヒマはない。さっさと事後策を練るべきだ。

 今更「このサッカー」から降りることはできない。チームもフロントもサポーターも、「このサッカー」を支持し、彼らをJ1の舞台に押し上げたはずなのだから。

 敗因分析は必要だが、それは「勝利」のためになされねばならない。僕は、次節以降「大勝し続けるため」の文章を書こうと思う。

 まずは、大宮戦の敗因分析から。


<大宮戦、なぜ敗れたのか>
 セットプレーの守備の拙さ、モメンタムを心得ない焦ったパス回し、ストヤノフの縦に蹴りすぎる悪癖、GKへのバックパスの少なさ、槙野のつまらないPK失敗、3度に渡る決定機を逃した佐藤寿人の不振……細かいポイントを挙げればキリがない。

 そして、守備のことをあげつらうのはもっと意味がない。そんなことは「織り込み済み」のはずだからだ。

 僕は、1週間後に向けて修正すべきはただ1つ、「ポゼッションを高めること」以外にありえないと考える。守備は短期間には立て直せないが、3年間貫いてきたポゼッションはすぐに修正可能だからだ。


■前半、シャドーの位置が前目すぎた
⇒プレッシャーを掛けにくる相手の3枚、石原・藤田・新井らに対して、こちらはJ2でやっていたとおりストヤノフ、カズ、森脇、槙野がバックラインでパスを回した。

 しかし大宮はラインを押し上げ、スリーラインをコンパクトに保ち、バイタルをしっかりケア。ボランチとDFラインの5枚〜6枚で1トップの佐藤寿人、2シャドーの柏木、高萩をはさみ込み、びっちりマークをした。結果、広島は縦パスを入れる場所がなくなる。これが、攻めあぐねの直接の原因だった。

 ここで考えうる方法は、まずはシャドーの位置を修正すること。前半はやや1トップ2シャドーが前がかりになっており、ビルドアップ時の数的不利が解消されなかった。シャドーの1枚が降りてきてクサビを受け、相手ブロックを引きつけることで、打開することが可能になる。ここは、後半ある程度修正されたと思う。

 より深刻なのはこちらだろう。

ストヤノフが縦に急ぎ過ぎた
⇒明白なことだが、この日のストヤノフは縦に蹴り急ぐシーンが目立った。

 そのうち、本当に「パスコースがなかった」シーンはそれほどない。広島のサッカーには、「GKというリベロ」が戦術のキーとして存在している。、GKへのパスコースが寸断されるというのはかなりのレアケースだし、この試合ではほぼゼロだったと思う。

 しかしストヤノフは、森脇や槙野がフリーの際でも、GK佐藤昭が「空いている」際でもボールを入れなかった。それどころか、攻め急ぐ必要がないシーンでムリに縦パスを入れ、何度も大宮にボールを渡してしまった。

 2失点目は、ストヤノフパスミスからカウンターを受けたものだった。勝っている状況にも関わらず、ストヤノフは「ボールを回す」のではなく「フィニッシュ」を急いだ。そして失点に直結するミスを犯した。

 この2失点目は、チームに大きくのしかかった。失点の前には柏木らが決定機を迎えていたし、大宮は相当ショックを受けていた。モメンタムは明らかに広島に傾いており、1点を奪えば3−1、4−1でフィニッシュすることもありえた。

 冒頭に「大勝か、大敗か」と書いた理由である。結果からみれば守備崩壊なのだが、決めるべきシーンで決め、つまらないミスをせず、ポゼッションを握ってJ2で行っていた通りに相手をいなし、疲弊させていれば。3−1とさえしていれば、大宮は後半まさに“手も足も出ないで”広島に敗れた可能性があった。

 そうなるチャンスを自ら手放し、逆に手痛い反撃を食らった。自滅以外の何物でもないのである。

■信頼関係を取り戻せ!
 正直、この敗戦は厳しい。

 2連勝でカシマスタジアムに乗り込みたかったし、そのチャンスは大いにあった。横浜FM戦で得た勢いは削がれ、ひょっとすると何人かの選手は自信を失ったかもしれない。

 鹿島は決して万全の状態ではなく、彼らは再びACLをはさんで22日に臨む。鹿島を叩く上では千載一遇のチャンスに変わりはない。勢いに乗った状態でカシマに乗り込みたかったが、もう言っても仕方がないことだ。

 鹿島戦に向けてやるべきことは、「信頼関係の回復」以外にない。ストヤノフが蹴りすぎること、バックパスを送らないことは、周囲への信頼がないからだ。彼の論理としては正しいのかもしれないし、ストヤノフだけを一概には責められない。

 しかし、ストヤノフがGK佐藤昭を信用せず、槙野や森脇を信用せず、相手DFラインと駆け引きするミキッチばかり見るようなサッカーは「広島のサッカー」ではない。結果的にだが、彼のやっていることは戦術を無視した独りよがりだ。

 ストヤノフの両足から繰り出されるロングパスは、広島のサッカーにおける「アクセント」として絶大な武器となる。しかし、広島の主砲は「ショートパスにおけるボール支配」「相手ブロックをおびき寄せて局面打開」なのだから、まずはそこに集中せねばならない。

 そのためには、GK佐藤昭、森脇、槙野、ストヤノフ、それに森崎和幸の5選手でもう一度信頼関係の再構築が必要だろう。どのような方法であれ、それができさえすれば広島は鹿島相手だろうと主導権を握れるはずだ。

 というより、「できなければ、大宮戦よりはるかにひどい結果が待っている」というべきだろうか。調子が悪いとはいえ、J1王者を相手にハンパな真似は許されない。