足りないのは「戦術」か?


●副題:J1第25節清水vs.福岡分析


 4日がガーナ戦だろうが、弊ブログではJリーグの試合分析をいつも通り淡々と行っていきます。日本サッカーは代表中心に動いてるわけじゃあございあせん。例えスケジュールがそうであっても、日本サッカーを支えているのは代表だけじゃないのでね。


 ところで、まずは余談から。これは主にオシムの選考に疑問を呈しておられる「サッカーコラム トータルフットボール」さん向けのネタ。ここまで4試合すべてに帯同した小林大悟が今回選考漏れしている訳だが、これは日程を見ると納得できた。というのは、6日には京都vs大宮というカードが予定されている。他のJ1がすべて土曜日開催なのに、このカードだけが金曜日開催。4日のガーナ戦から、中1日の計算である。


 この状況で招集すれば、さすがにチームに迷惑を掛けてしまうだろう。記者会見では、この質問が出なかったみたいだが(まあ、小林大悟は代表で1試合しか出場していないし、京都の選手はまだ招集を受けていないから、仕方のないことではあるが)。


 ちなみに、なぜこのカードだけが平日開催なのか西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場に問い合わせてみたところ、「7日には陸上のイベントが入っている」とのこと。京都と大宮の選手が招集されていないのは、実はこういうところに理由があったりするのかもしれない。


●両翼欠く清水の戦略とは


 ところで、ここで表題の試合レポートを挿入する。なぜこの試合レポートを書こうと思ったのか。それは、藤本淳吾兵働昭弘という両翼を失った清水が、どのような戦略で福岡を圧倒したのか非常に興味があったからだ。


 清水は藤本を右大腿部ハムストリングスの肉離れ(全治4週間)で、兵働を甲状腺機能障害(全治3カ月)によって第24節浦和戦から欠いている。両者は、清水のサイドアタックを担う大きな存在だった。藤本はまだしも、兵働は恐らく今シーズン中の復帰は難しい。長谷川健太監督は、戦術の抜本的な変更を迫られたはず


 第24節浦和戦は、両者を欠いたはじめての戦いとなったのだが、残念ながらビデオ録画の失敗により見逃していた。そういった意味で、この福岡戦では「清水の戦略変更」に非常に興味があったのである。


長谷川健太の「真の狙い」


 試合開始から、清水はいきなり仕掛けていく。左サイドバック山西尊裕、右サイドバック市川大祐が、ともに左サイドに開いたチョ・ジェジン、あるいは矢島卓郎に向けて次々とロングフィードを放り込んできたのだ。


 この狙いは、福岡の右サイドバック中村北斗に対し、チョ・ジェジンと矢島をつけ、高さのミスマッチを狙うことにあった。167センチの中村に対し、チョは185センチ、矢島は182センチ。いずれも15センチ以上の差がある。完全なる狙いどころであった。清水は胸トラップできるほどの高さのボールを供給し、高さ勝負を挑む。中村は平面的なマンマークには強さを発揮するが、角度のついたボールをヘディングで跳ね返す高さはない。


 事実、清水はこの形から立て続けにチャンスを作った。5分、山西からのクロスを空中で胸トラップした矢島が、鋭い反転で中村を振り切りきわどいシュート。6分には、やはり同じ形から今度はチョ・ジェジンが柳楽を翻弄し、ゴールを横切る決定的なシュートを放った。


 だが、清水の「真の狙い」はそこではなかった。福岡の意識を左サイド(福岡右サイド)に集中させることによって、逆サイドからの攻撃をやりやすくすることだ。福岡左サイドはアレックスと古賀誠史。高い攻撃力を持つが、共に守備に不安がある選手である。そこを単純に突くのではなく、まず左サイドのミスマッチを突き、CBを左サイドにつり出すことで、逆サイドへの意識を薄くした。さらに左右に振ることで、逆サイドからのボールと、左サイドから入ってくる選手を見づらくしようとしたのだ。


 その意図は、完璧にはまった。13分、高木純平とのワン・ツーで右サイドを突破した市川が、GKとDFの間に鋭いクロス。これを、飛び込んできた枝村匠馬がフリーになって右足で合わせた。直前のシーンでは、中央で清水が3人に対し福岡のバックスは2枚になっていた。千代反田はクロスの直前、中村に対し「枝村を見ろ」という指示を出しているのだが、すでにボロボロに破られていた中村は集中を切らしていたのか、一瞬フリーズしてしまった。枝村に前に入られたのは、その瞬間である。


 清水はさらに畳み掛ける。直後の15分、千代反田からボールを奪い取った伊東輝悦から枝村、アレシャンドレとワンタッチでボールがつながり、最後は右サイドのアレシャンドレのクロスに高木純がスライディングで飛び込んで2−0とした。このシーンでは、クロスが入る直前にチョ・ジェジンがファーポストに逃げる動きをし、千代反田と柳楽を釣り出してスペースを作っていた。


 前半15分で2得点。それも、戦略どおりの、完全に崩した上でのゴール。清水は意気揚々と攻め立てる。福岡は反撃に移ろうとするのだが、清水のロングフィードを恐れDFラインは上がるのをためらう。必然、中盤で数的優位を作れず、圧力の掛け合いに敗れる。ほとんどパスはつながらなくなり、2トップは孤立。清水は両サイドからピッチを広く使った攻めで、福岡の守備陣を右に左に翻弄した。ワンサイドゲーム、といって差し支えない状態で前半は終わった。


●足りないのは「戦術」か?


 後半は、特に詳述すべきことはない。後半開始に福岡が2度ほどチャンスを作ったが、51分に矢島が角度のないところから決めて3−0とすると、試合はほぼ決する。その後、70分に福岡のアレックスが2枚目の警告を受けて退場となると、さらに79分にはオウンゴールで4−0。清水は、福岡に何一つ良いところを出させず完勝を収めた


 この勝利は、清水のチーム戦術がもたらしたものといえる。最初にロングフィード作戦を仕掛け、相手の出鼻をくじき、その上で両サイドを活用する作戦を取ったことで、福岡の守備陣は完全に崩壊した。清水の「先手必勝」といえる試合だった。


 こうしてみると、Jリーグはチーム戦術と戦略にあふれたリーグであることが分かる。オシムが「日本は戦術が進んでいる」と言ったことでも明らかだ。だから、勝負は個人のミスで決まっている。日本人は戦術論議が大好きだが、実際に勝負を分けているのは個人の資質である。この試合でも、失点シーンや決定的なシーンでは個人のミスが目立った。中村や柳楽がきちんとチョや矢島に競りに行けば、簡単に前を向かせなければ、飛び出してくる選手を見ていれば、コースに入っていれば、厳しく寄せていれば……それだけで、1点は防げるもの。少なくとも、ここまでの大差はつかなかったはずである。これは、過日の京都vs.浦和でも感じたことだ


 また、「日本人のサイドバックは、ヘディングが下手だ」ということも分かる。


 ジーコ時代に左サイドバック起用された三都主アレサンドロは、逆サイドからのクロスに対する対応が絶望的にヘタクソだった。2003年コンフェデのフランス戦では、中村俊輔のFKばかりが目立つが、実際の敗因はシルベストルのクロスフィードに対して落下点を予測できず、あっさりゴブーにボールを通した三都主のヘディング技術のつたなさにある


 加地亮にしても同じだ。2005年3月のアジア予選イラン戦で、彼は右サイドからのクロスに対し中に絞ったは良いものの、そのままボールを見て棒立ちとなり、マークすべきハシェミアンを完全にフリーにして決勝点を許した。いずれも、世界レベルでは「ありえない」対応だ。


 そういう意味で、今回オシム監督が山口智を招集したことは興味深い。今回のチーム編成では恐らく3バックの左として起用されるだろうが、山口は現在G大阪で左サイドバックをやっている。縦へフィードを入れるタイミングや攻撃参加のタイミング、そしてヘディングの能力に優れる選手である。オシムが山口に期待しているのは、「ヘディングができるサイドバック」としての部分ではないだろうか。


 これは、あくまでも仮説である。しかし、日本に足りないのはチーム戦術ではなく個人技術であり、ゲームを見る目や判断力(個人戦術)である。それは、この試合だけでなく、Jリーグを1試合通してみれば見えてくるもの。


 日本人のチーム戦術に順応する能力は高い。オシム監督の緒戦で、日本はたった3日しか練習していない(チーム練習はゼロ)にも関わらず、流れるような攻撃を見せた。チーム戦術にダラダラ時間を割くヒマがあれば、「判断のスピードを上げろ」、ということだ。オシムの練習は、まったく利にかなっている。「日本に足りないのは、個人戦術」ということを分かっているからだ。


 多くの日本人は、日本代表に戦術の強化を求める。練習時間の少なさを嘆く理由を「連携をとる時間のなさ」だけに求める。そうではない。クラブで強化できることは、幾らでもある。代表合宿は、これからも短い。クラブで強化しない限り、代表は強くならない。短期間の代表合宿に魔法を求める限り、代表チームの強化に「戦術の浸透」を求める愚を犯し続けることになるだろう。

↓お陰さまでトップ10入り間近です! 良かったら押してください。

blogランキングへ投票する