『映画芸術』誌ベスト&ワースト発表

 わりと妥当なランキングだと思う。結構観ていない作品はあるけれども、ベストとワーストのランクイン作品に関してさほど異存はない。

映画芸術」誌、2007年度日本映画ベストテン/ワーストテンが
決定いたしましたので、ご報告いたします。
ベストテン
1 サッド ヴァケイション青山真治監督)
2 それでもボクはやってない周防正行監督)
3 天然コケッコー山下敦弘監督)
4 魂萌え!阪本順治監督)
5 松ヶ根乱射事件山下敦弘監督)
6 叫 さけび(黒沢清監督)
7 しゃべれども しゃべれども平山秀幸監督)
8 サイドカーに犬根岸吉太郎監督)
9 国道20号線富田克也監督)
10 ジャーマン+雨横浜聡子監督)

ワーストテン
1 大日本人松本人志監督)
2 俺は、君のためにこそ死ににいく(新城卓監督)
3 監督・ばんざい!北野武監督)
4 恋空(今井夏木監督)
5 さくらん蜷川実花監督)
6 オリヲン坐からの招待状(三枝健起監督)
7 スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ三池崇史監督)
8 遠くの空に消えた行定勲監督)
8 どろろ DORORO(塩田明彦監督)
10 蒼き狼〜地果て海尽きるまで〜(澤井信一郎監督)

http://eigageijutsu.com/article/78245897.html

 ただ、『映画芸術』誌が「後だしジャンケン」じゃないかどうかは気になる。もちろん世紀のクソ(映画とは呼べない)であり、監督がプレッシャーのあまり完成目前に敵前逃亡し、不戦敗したに等しい『大日本人』のことであるが。
 このクソが公開された当時、映画雑誌数誌を講読していたが、いずれの雑誌にもあからさまな悪評は載らなかった。公開後の特集でも酸鼻を極めるヨイショ記事のオンパレードで、『キネマ旬報』のような歴史ある雑誌ですら特集を組んだ。さすがにその号は手に取る気もしなかった。日本に健全なジャーナリズムはほとんどなく、映画評論だけが健全である理由もないので、当然といえば当然なのだが。
 何にしても、吉本の強力な圧力があるとしか思えないほどの抽象的な賛辞しかなかった当時の状況を思えば、「クソはクソ」と断言する映画誌があることは喜ばしい。

 ほかのワーストについても、全部観た訳ではないが、まあそんなところだろうと思う。『さくらん』は未見だが、知り合いの江戸文化に通暁する人が絶賛していたので、恐らく文化的な価値は高いのだろう。『スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ』は、ベスト10には入らないにせよ意欲的な挑戦作だと思った。映画的な完成度はともかく、全編英語詞のうえ源平合戦のモジり、畳み掛けるようなマカロニ・ウエスタンへのオマージュ。興行的な勝算は薄いことが予想され、そのとおりの結果になったが、そうした精神自体は「買い」ではないかと思う。

 ベストはまあ同感。8位〜10位は未見。7位は佐藤多佳子の人気小説の映画版で、映画を先に観る分には悪くないと思った。国分太一香里奈が意外なほどキャラクターに嵌っていたし(演技力が高いかは別)、邦画界に欠かせない松重豊、子役のキャスティングもうまくいった。
 5位の『松ヶ根乱射事件』、3位『天然コケッコー』はいずれも俊英・山下敦弘監督作。ともに田舎が舞台の作品だが、非常に好対照。『天然コケッコー』は主演の夏帆を瑞々しく描き、田舎の空気と日差しと海を溢れんばかりの透明感で描写している。が、『松ヶ根乱射事件』は田舎の閉塞感が強調され、じめじめと腐っていくヘドロのような空気感がこれ以上ないほど不快に漂う。両作を観て同じ監督のものだと分かる人が、どれほどいるだろうか。
 2位『それでもボクはやってない』は紛れもない傑作。脚本、カット割り、撮影方法とカメラの使い分け、ライティング、キャスティング、音楽の使い方などあらゆるところに計算が行き届いている。緻密に構築された虚構が映し出すものは、しかし周防正行の強い怒り。これほどに計算しつくされた「怒り」の形は、そうないのではないか。
 1位『サッド・ヴァケイション』は、デビュー作『Helpless』の続編にして、『EUREKA』に次ぐ完成度の高い作品だと思う。序盤から、文脈をあえて外したフラッシュフォワード、ザクザクに切り刻んだ編集と無意味にすら思える長回しエレキベースによる不穏な音楽などで濃厚に暴力の匂いを立ち上らせ、一気に母親(石田えり)が待つ中盤へなだれ込む。そこで物語は一転し、そこまで漂っていた暴力性はすべて母親の母性に吸収されてしまう、という構図ができあがる。男の暴力性さえあっという間に飲み込んでしまう、凶暴としか表現できない母性の形。『Helpless』から11年を経ての続編という点も異例中の異例だろう。

 個人的には『キサラギ』『河童のクゥと夏休み』が入っていないのが不満だが、概ね納得できるランキングではある。