佐藤多佳子氏はmixiを始めてほしい

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 僕も大ファンである、佐藤多佳子氏のブログ。名作『一瞬の風になれ』がドラマ化されるにあたり、脚本が不十分な出来ということで、温厚そのものと見える氏が非常に憤っているという。で、それをブログに書いた結果、いまは本文ともに確認できないけれどもコメント欄が「炎上」し、ついにはコメント欄&掲示板閉鎖という自体に発展した。さらに、氏は「ここも荒れるようなら閉鎖します」というコメントを残している。
 作家という人種におけるネットへの嫌悪感ないしは警戒感は、僕たちが想像するよりはるかに強い。『ウェブ人間論』で平野啓一郎氏も書いているが、平野氏が京大代に処女作『日蝕』を上梓した際には、ネット上で「これまでの人生で経験したことのないような悪罵を読んだ」という。僕のような凡人には想像しかできないことだが、やはり作家や作詞・作曲・編曲家といった人々はセンシティブで、ああした放言には耐えられない人が多いのだろう。また、心理として「なぜタダで文章を書かないといけない?」という障壁も存在する。現役の作家が、本名でブログを書いている例がそれほど多くないのは、そういうことだろう。

 ただ、これは単なる希望的観測に過ぎないが、ファンの声が(事務所のフィルターなくして)ダイレクトに届く、というのは、ファン&著者双方にとって決してデメリットだけではないはず。報酬とはもちろん金銭的なものだけではなく、「ご苦労様」「ありがとう」といった言葉も十分にそれに値する。悪意を持ったコメント(つまり無益な放言)さえフィルタリングできれば、ネットは作家にとって大きなモチベーターになりうる。もちろんファンにとっても「作家とダイレクトに繋がりあえる」というのは、一種のステータス的な気分も含めて大きなメリットだ。うまく使えば、作家は創作意欲が高まり、ファンは購読&購買意欲が高まる関係を作り出せるように思う。

 個人的には、佐藤多佳子氏には「全体に公開する」でmixiをやってほしい。mixiならば、少なくとも「誰が何を発信したか」は分かる。批判を全部排除することはできないが、しかしコメント主のIDはよりハッキリしている。「真剣に批判しているのか」(=ちゃんと読んでいる、つまり上顧客)「面白半分に非難しているのか」はプロフィールやマイミクの数、過去日記の数などである程度判断できる。もちろん悪意を持ったコメント主は完全には排除できないが、ブログよりもはるかにコントロールは容易だ。
 
 名前は当然明かさないが、自分のマイミクにも数名現役の作家やミュージシャンがいる。彼らがmixiを続けているのは、やはりそこに金銭的なものではないメリットを見出しているからだろう。佐藤氏も、ぜひそのメリットを体感して欲しい。そしてできれば僕をマイミクに(爆)